電動化戦略に隠れた? 日産可変圧縮エンジン「VCターボ」の乗り味とは【インフィニティQX国内試乗】

日産は、電動化だけにあらず

日産自動車の可変圧縮比エンジンのプロトタイプをテクニカルワークショップで見て衝撃を受けたのは、一体どれぐらい前のことだっただろうか。正直、近年の日産がフルEVのリーフや各種e-POWERによる電動化戦略を前面に打ち出していたこともあって、画期的に見えたこの技術も日の目を見ないまま終わってしまったのではないか。時折思い出しては、そんなふうに考えていたのだが、日産の技術者たちは諦めていなかった。可変圧縮比エンジンとターボチャージャーを組み合わせたVC-TURBOエンジンを開発し、世に送り出したのだ。

●燃料供給は直噴とポート噴射を併用。圧縮比と運転状況で使い分ける。例えば高圧縮比でノッキングを回避する際には直噴で筒内の温度を下げ、低負荷時には効率向上を狙ってポート噴射を使うなど。緻密な燃焼制御を可能としている

取材当日は、日本未発売のインフィニティQX50に、この世界初となる量産可変圧縮比エンジン「KR20DETT」を積んだ、北米ではすでに市販されている仕様に日本で試乗することができた。しかしながら、その走りについて触れる前に、まずそもそも可変圧縮比は何がメリットで、何が難しく、日産はそれをどのように達成したのかを検証しておきたい。

●VCターボの特性に合わせて、タービン(刃の形状を最適化)やコンプレッサーも新開発。触媒を早期活性化するためエキマニ一体型ターボだ。電子制御のウエストゲートバルブ付きで、ワイドレンジな過給が可能なシングルターボを採用

圧縮比を可変させるという夢

エンジンの圧縮比とは、シリンダー内に吸い込んだ混合気をどれだけ圧縮するかを示した数値だ。単純に言えば高めるほど熱効率が向上するが、一方でノッキングを誘発するため高めるには限度がある。例えば圧縮比を高くし過ぎると、低負荷域では高効率でも、高負荷域になるとノッキングを起こし、ブローを防ぐため点火時期を遅らせるしかなくなってしまう。こうすると当然、効率は下がるしパワーだって出ないのだ。過給するならばなおさらである。

従来のエンジンではピストンの上死点と下死点の位置がそれぞれ固定だから、必然的に圧縮比も固定となる。その数値は言ってみれば高負荷域から低負荷域までの妥協点で設定されていた。理想は、高負荷時には低圧縮、低負荷時には高圧縮とすることだが、内燃エンジンとは、シリンダー内でもの凄い爆発が連続して起こり大きなトルクを発生させるものだけに、それに耐えられるリンク機構を生み出すのは容易ではなく、世界の自動車メーカーはこれまで可変圧縮比エンジンをモノにすることができずにいたわけだ。

圧縮比の可変は8.0:1〜14.0:1

VC-TURBOエンジンは通常のエンジン内部で、ピストン→コンロッド→クランクシャフトの3つのムービングパーツが連結されているのに対して、ピストンとクランクシャフトのほかに新たにアッパーリンク(U-リンク)、ロワリンク(L-リンク)→コントロールリンク(C-リンク)、アクチュエーターリンク(A-リンク)という複雑なリンクを介し、これらをハーモニックドライブを用いた電動アクチュエーターで制御する。これによって圧縮比を8.0:1〜14.0:1という非常に広い範囲で変化させることを可能にした。

●パチンコのハンドルのようにアクチュエーターが作動することでリンクが動く機構を「マルチリンクVCR」と呼ぶ。アクチュエーターは電動でリダクションギヤも内蔵。シームレスに作動する

 

●ストロークは90.1〜88.9mmの間でシームレスに可変。これにより、圧縮比は最大で14、最低で8まで可変する。ピストンの上死点の差は最大で6mm、排気量は1997〜1970ccとなる

なお、この新たに加えられたリンクは1本で、全シリンダーの制御を行なう。追加されたパーツは少なく、ほかの部品は従来と同じ構成ということもあり、信頼性も部品製造性も高い。これも可変圧縮比を実現できた、大きなブレイクスルーである。

詳細な動きのメカニズムについては、文章で説明するより図を見ていただいたほうがいいだろう。ポイントは、この複雑なリンク機構のおかげで上下二次慣性力がなく、燃焼安定性も高く、またピストンが首を振ることなく直立したかたちで上下するためフリクションの要因となるこのサイドフォースは何と4分の1にまで低減させることができたということである。要するに圧縮比を可変にしたらピストンの動き自体が理想に近いものになって、エンジンとしての素性も高まったというわけだ。

●コンロッドを直立して下降させるため、フリクション要因である横力が4分の1に低減。また直4では抑えられない上下2次慣性力がマルチリンクVCRの効果でなくなる。バランサーがいらないのだ

特徴は、そのドライブフィール

直列4気筒のこのエンジン、圧縮比の状態によってストロークが微妙に変化するため排気量も1970〜1997ccまでわずかに変化する。ターボチャージャーの組み合わせによって最高出力は200kW、最大トルクは390kgを発生。重量は137kgとなっている。V型6気筒3.5リッター自然吸気のVQ35DEが最高出力201kW、最大トルク341Nm、重量155kgだったから、十分それと置き換えることが可能なスペックと言える。燃費は、ざっと3割ほど向上するという。

さて、ではそのドライブフィールはどうかと言えば、拍子抜けするぐらい普通である。引っかかるような違和感はない。とは言え、すべてがこれまでの内燃エンジンと変わらないかと言えば、やはりそうではない。

低回転域のトルクにはさほど余裕はなく、街なかを這い回るような走りでは、あまり機敏には感じられないかもしれない。ところが、そこからアクセルを踏み込んでいくと、にわかにトルクがモリモリと湧き上がってきて、刺激的な加速を得ることができる。

●現行の3.5リットルV6NAに置き換えるのが2リットル直4ターボのVCターボエンジン。圧縮比を可変することで燃費もパフォーマンスも走行状況に応じて的確に得られるのが最大のメリットだ

 

●VCターボ、3.5リットルV6NA、従来型2リットルターボエンジンの3つのトルクカーブを比較した図。最大トルクは390Nmと高く、5000回転直前までフラットさをキープ。運転しやすい特性を持つ

特有なのは、まずその低負荷域と高負荷域の差の大きさである。同じエンジンなのに、そうとは思えないぐらいみるみる表情が変わっていく。さらに、その滑らかさも印象的だ。これは前記した複雑なリンク機構の賜物であるフリクションの少なさ、バランスのよさが効いているのだろう。V型6気筒と同等とまでは言わないが、少なくとも直列4気筒のイメージではないスムーズさである。

それだけにトップエンドが6000rpmまでしか回らないのは、ちょっと残念。機構の複雑さ、そしてリスクマネージメントを考えれば理解はできるのだが、まあつまり、もっと回したくなるぐらいのエンジンだったというわけだ。

●VCターボにおける圧縮比の範囲は図のとおり。このデータは高オクタン価(日本でいうプレミアム仕様)。150Nm(縦軸)、4400回転付近(横軸)まで圧縮比14(燃費がいい)の範囲。実用燃費もよさそうだ

メーターナセル内にはリアルタイムで圧縮比をバーグラフ表示するインジケーターが備わる。これを見ていると、何とまあ頻繁に変化していることかと驚かされる。速度、エンジン回転数、アクセルの踏み込み具合にブースト圧などなどの様々なパラメーターから、その時その時で最適な圧縮比を導き出し、制御する。機械的にはもちろん、制御の面でも相当ハイレベルなことが行われて、このパワフルでスムーズな走りは実現されているのである。

●エンジンの圧縮比や過給などはメーター内で確認可能だ

ぜひ、日本にも導入してほしい1台

QX50というクルマ自体の印象もとてもよかった。スポーティで適度な押し出し感のあるデザイン、スカイラインの血統と言うべき確かな操舵感、高いスタビリティは、パワフルかつ緻密さを感じさせるエンジンの手応えとよくマッチしていて、プレミアムSUV市場でも十分な存在感を発揮していると感じられた。

カルロス・ゴーンが去ったとはいえ、今の経営陣が日本での日産のプレゼンス向上にどれだけの仕事をしてくれるかという意味では、個人的にはまだ非常に懐疑的だ。でも飛び道具なんていらない。例えば、こうしたまさに技術の日産をアピールできるクルマが、何らかのかたちで手に入れられるようになれば……。そんなことを思わず願いたくなる革新のパワートレーン、そして完成度の高い1台だったのである。

●さすがはインフィニティといった内装のクオリティ
●操作系のスイッチもスッキリまとめられて質感の高さを感じさせる

〈文=島下泰久 写真=森山良雄〉