ニュル24hをGRスープラで初めて走った男【TOYOTA GAZOO Racing】

●ニュル24時間耐久レースに初参戦となったレーシングドライバー佐々木雅弘選手

レーサーの本能と、ミッションの狭間で

レーシングドライバー佐々木雅弘にとって、ニュルブルクリンク24時間レースを走るのは初めてのことだった。このレースを走るには、大会独自のライセンスが必要となる。3月から前哨戦で一定の実績をあげること、英語のテストで満点をとることなど、定められたハードルは決して低くはない。そのハードルをクリアして、6月の大舞台にたどり着いた。

少しでも速く走りたいというのが、佐々木のようなレーシングドライバーの本能だ。だが、佐々木にとって初であると同時に、今回の新型GRスープラにとっても初めてのニュルブルクリンク。クルマをテストするという意味合いも持つし、なにより最後までクルマを走らせなくてはならない。その上で見えてくることこそが、今後のGRスープラにつながるからだ。

「極限まで速く走るより、(開発・テストドライバー)矢吹(久)さんたちに作ってもらったクルマの性能をしっかり出すこと。レーサーなのでコンマ一秒とりにいきたくなりますけど、しっかりクルマを感じてフィードバックして、もう少しこうしたいないう、擦り合わせをしてクルマをよくしていくことがミッションです」

本能と、チームのミッションと。バランスを取りつつベストパフォーマンスを目指す戦いとなった。

●GRスープラのテストドライバーであり、トヨタの社員として開発ドライバーも務める矢吹久

「狂ってんじゃないの? 矢吹さん」

渡独してレースに向けた準備を始めた3月。矢吹の運転する助手席に乗ったのが、佐々木にとってニュル初体験だった。同乗しただけだが、それはそれは衝撃的だったと言う。

「矢吹さん狂ってんじゃないの? おかしいよ、そのスピードって思いました」

ニュルのコースは厳しいことで有名だ。全長26km弱で、アップダウンがあり、直線カ所が少なく、視界もつねに開けているわけでもなければ、つねに左右の傾きがあることから路面摩擦係数にも大きな変化がある。コースの少し外に出れば芝。そんなコースを矢吹が約250km/hの猛スピードで突っ走る。

「素人であれば、ジェットコースター感覚で乗れるんですよね。でも僕らはクルマのこと、コースのことなど身体が覚えているんです。ニュルでは、経験してきたものの数倍はギャップとか逆バウンドなんかがあって、自分の感覚のセンサーにないところまで行っちゃうから『えー??』ってなっちゃう」

隣で話す矢吹も、同調する。

「日本国内にないんですよ、ニュルのような前が見えないようなコースは。ジェットコースター感覚の人はいいんです。でも、自分でも(初めてここを走る)同業者の横に乗りたくないですもん」

矢吹はレースだけでなく、開発、テストでもこのコースを走っており間違いなく、日本人で最もニュルを走り、知り尽くしている人間だ。その矢吹が経験の浅い同業者の横に乗りたくないと言うのだから相当な難コースであることがわかるだろう。

佐々木が笑いながら言う。

「僕が最初のときは矢吹さんは隣に乗ってくれませんでした。ダーネンスさんだけ一応乗ってもらいましたけど」

矢吹が涼しい顔で返す。

「もういつでも(佐々木の隣に)乗りますよ」

レースが始まり、終わるまでGRスープラのドライバー4人のうち最速タイムをただき出しているのは佐々木だった。

「極限状態でしっかり24時間を耐えきる、クラッシュをしない、走りきるが第一優先」

と事前に話した佐々木だったが、レースが順調に進行したが故に当然スピードを求めていくことができた。レース後はこう振り返る。

「大きなトラブルもなくて、1回だけ当てられたくらいであとは全部うまくいきました。1度オイルが出てたりもしましたけど、最後のスティントはセイフティゴールを最優先にしながら、タイムも9分14秒出ましたしね。それでも(前方の車両などに)めちゃめちゃ引っかかってるんですよ」

条件さえ違えばもう少しタイムも上がる確信も得られた。

「雰囲気的にはタイムは僕が出しやすいので、出すところ出して、これくらいの実力があるよというのを出しておかないといけないと思うので」

実力とはスープラのそれでもあり、レーサー・佐々木のそれでもある。

佐々木はレーサーであるだけでなく、整備士の資格も持ち車両の知識が豊富なことでも知られる。別のレースではセットアップを担当することもある。そんな佐々木について矢吹が言う。

「レーサーである佐々木なんかならカミソリの上でもクルマをコントロールできちゃうんですよ。彼なんかからもコメントをもらって、いろんなレベルの人が安心して走れる市販車を作っているんです」

あくまで、市場にいいクルマを送り出すために。矢吹のコメントからその姿勢がぶれることはレース前から終わるまで、一切なかった。

最終的に、90号GRスープラは総合40位、クラス3位と好成績も納めた。レース後はテントでオールスタッフが集まり、シャンパンファイトならぬビールかけが行われた。モリゾウはじめ皆が喜んでいる様子からは、このレースが成功だったことが伝わってきた。

〈文=了戒美子 写真=竹花寿実&トヨタ〉