コロナ、クラウン、カローラ。冠でつながる3兄弟

コロナ〜太陽の光冠〜

コロナの初代は、1957年7月にデビュー。1950年代の中ごろ、日本の乗用車市場で大きな需要を占め、発言力を持っていたのはタクシー業界で、小型タクシーはダットサン(日産)の独壇場であった。そのころ、トヨタは「クラウン」によって自家用車および中型タクシー車では成功をおさめていたが、1000cc以下の小型車市場の伸びが著しく、タクシー業界や販売店からの要請があったことから、関東自動車工業(株)の応援を得て、既存車両の部品を利用しながら初代「コロナ」を開発した。



トヨタの乗用車としては初となるモノコック構造を採用し、これに「クラウン」用の足まわり、「トヨペット マスター」のドアや生産設備などを流用し、「トヨエース」用に量産化されていたS型エンジン(水冷直列4気筒サイドバルブ 995cc)を乗用車用に改良して33psとしたものを搭載した。1959年10月のマイナーチェンジでは、エンジンを新開発のP型(水冷直列4気筒OHV 997cc、45ps)に代え、後席寸法を拡大することで、乗車定員を4人から5人とした。

その丸いボデーの形状から、“ダルマ コロナ”の愛称で親しまれた。「コロナ」は「真赤に燃える太陽、そのまわりの淡い真珠色の光。太陽の冠」という意味。明るく親しみのもてるファミリー・カーにふさわしいように名付けられたという。

クラウン〜ザ・王冠〜

1955年1月に発売した「クラウン」は、あらゆる意味において国産車のモータリゼーションの出発点。日本の自動車業界へも大きな自信を与えた、エポックメイキングなモデルだ。当時日本では、戦争によって欧米から大きく遅れをとった自動車技術を学ぼうと、いすゞは「ヒルマン」、ニッサンは「オースティン」、日野は「ルノー」と提携し、ノックダウン生産を行っていた。

トヨタはこの流れの中にあって純国産方式を選択し、「トヨペット クラウン」を開発。デザインや機構は、当時の日本の実情に適合するように開発したもので、乗り心地や耐久性など、すべてがバランスされた純国産車として話題を集め、裕福な個人オーナーや社用車、公用車、そしてタクシーに使われた。観音開きのドアが外観上の特徴で、そのため後に“観音開きのクラウン”の愛称で呼ばれるようになった。

エンジンは4気筒OHV 1.5L 48psのR型。トランスミッションは3速MTでコラムシフト。前席もベンチシートの6人乗り。個人オーナー向けとして、快適な乗り心地を得るために、フロントサスペンションはダブルウイッシュボーン/コイルスプリングの独立式とし、後輪には3枚組の半楕円リーフスプリングを採用した。

●クラウンの伝統ともいえるのが顔にある「王冠」マーク。当初マークは装着されていなかったが、1960年10月の改良時に採用された

車名の由来だが、『創造限りなく トヨタ自動車50年史』では、『首脳陣は、つぎはいよいよ自家用乗用車の王座を確保するとの願いをこめて、開発中の新型乗用車のネーミングを「クラウン(王冠)と決定した』と記載。さらに『トヨタ自動車75年史」では、『豊田英二最高顧問の回想によると、車名の「クラウン」は新車開発の指示と当時に、喜一郎の発案で決まっていたとのことである』と説明している。豊田喜一郎氏は1950年6月に労働争議の責任をとって社長を退任し、1952年3月に急逝。新型乗用車の晴れの舞台を見ることはなかった。

カローラ〜花の冠〜

本格的な大衆ファミリーカーが相次いで発売された1966年。いわゆるマイカー元年の秋にデビューしたカローラは、サニーの好敵手として数々の逸話を生んできた。サニー(1000cc)に対応すべく、1966年3月にエンジンをボアアップして排気量を1000ccから1100ccに拡大を決めたのは有名な話だ。

もともとは初代カローラの開発責任者を努めた長谷川龍雄氏がパブリカでの失敗を教訓に、今後起こるであろうモーターリゼーションの爆発に備えてもう少し上級の新型車の構想を練った。パブリカとコロナの間に位置する新型車は、開発コード「179A」として開発が進められた。

179Aにいよいよ名前を付けることになったが、カローラという名前に落ち着くまでには、紆余曲折があったようだ。『カローラの車名に決まるときも、車名候補のひとつとして”宇田川の先人争い”で有名な名馬「イケズキ」、「スルスミ」の名前もとびだしたという』(モーターマガジン1966年12月号「トヨタカローラの波紋」内海二郎著)

ほかに、リッツ(有名ホテルをイメージ?)やカロッサ(小さな馬車)などが候補に挙がった。特にコロネット(英語で小さな冠、宝冠)はコロナの類語として「小さなコロナ」をイメージするところから最有力といわれ、1966年1月26日に商標(トヨタコロネット)を出願している。結局、当時トヨタ自動車工業副社長だった豊田英二氏の発案によって「花冠」のカローラに決まった。

『カローラのネタは私がさがし、すんなり決まった』(『決断ーー私の履歴書』豊田英二著・日本経済新聞社)

豊田英二氏は、わからないことがあれば大きな辞書で調べるなど、日ごろか研究熱心で車名も実質的には同氏が決めていたという、命名について豊田氏は、次のように語っている。

『クラウン(王冠)、コロナ(太陽の光冠)、カローラと初期の乗用車に冠の名をとったのは、最初のクラウンの評判がよく、いいイメージがあり、それに関連した名前を付けた方がいいと考えた』(トヨタ自動車株式会社技術管理部発行『トヨタをつくった技術者たち』2001年」

●前部のエンブレムもCOROLLAのイニシャルの「C」の上に花びらをバランスよく配置して、冠のようにデザインしている

カローラとは、ラテン語および英語の植物用語で「花のおしべ、めしべ、がくを除いた花びらの集合体である花冠」を意味する言葉。「花冠」とは、花弁が集まっている花の部分の総称である。corollaは、もともとはラテン語で「(頭や首などにつける)花輪・花冠」、「栄冠」、「栄誉」などを意味する言葉だ。

さらに語源をたどるとコロナ(corona)に行き着く。コロナは「光冠」のほか、植物用語では「副花冠」、「副冠」という意味があり、カローラ(corolla)はコロナに指小辞を付けた”小さな”「花冠」というわけである。

つまり、カローラはクラウン、コロナに続く”冠”シリーズの一員として語源をともにしながら、コロナの妹分として位置づけも明快に表現している。

〈文=driver@web編集部〉